二十四節気の立春、立夏、立秋、立冬の前の日が節分と言い、季節を分ける意味で重要な意味を持っていました。現在は立春の前の日だけを節分と言うようになったのですが、それは立春は旧暦の正月(※)にあたり、その前の日の大晦日にあたる節分は新年を迎えるのに特に重要な日と考えられていたからです。
よって節分は各社寺で全国的に行事が行われるようになりました。ここ興福寺でも追儺会(ついなえ)が行われます。追儺会は鬼やらい式とも呼ばれ、疫病をもたらす鬼を追い払う行事です。元々は中国の行事で漢土文化の伝来と共に日本に伝わりました |
| 文武天皇の時代706年、諸国に疫病が流行した事がきっかけで大晦日に疫鬼をはらう追儺会が執り行われたのが始まりとされています。この疫病とは恐らく天然痘のことと推測されます。文武天皇の夫人の兄弟である藤原四兄弟も奈良時代の政権を握りますが、最後は4人とも天然痘によって病死してしまいます。天然痘は感染力が強く死亡率も高い事から、国を滅ぼす危機的な状況でした。又興福寺は文武天皇の夫人の父である藤原不比等(ふじわら の ふひと)が氏寺を藤原京から平城遷都に際し移転させたものです。医薬の仏である薬師三尊を安置する寺であったことから追儺会を行うのに適所だったのでしょう。 |
奈良時代から続いていることから興福寺の追儺会は節分の行事としてはかなり古い歴史があるのですが、江戸中期にこの儀式が途絶えてしまったようです。しかし昭和27年頃には復興し現在に至ります。
興福寺の追儺会は夜の行事になります。6時30分になると松明に灯された僧侶の列が順番に東金堂に入り厄除け法要が始まります。本来はこの法要のみの行事だったのでしょう。古くから伝わるこの法要はとても大切な儀式と言えます。開扉しているのでお堂の中を遠くから見ることができます。しばらくすると「般若心経」が響き渡り、じっくり聞くと心が落ち着きます。 |

| 行法の後は鬼追い式が行われます。6匹の鬼が登場し、赤鬼、青鬼、黒鬼と子鬼が3匹で、子鬼は実際に子供が扮しています。ストーリー仕立てになっていて楽しめます。内容はこうです。6匹の鬼が酒盛りをして暴れている所へ毘沙門天がやって来て鬼をやっつけます。そして鬼が去った後に大黒天がやってきてうちでの小槌を振って福をもたらすというものです。 |
| 三色の鬼たちは人間の三つの煩悩の象徴で、赤鬼は「貪欲」、青鬼は「怒り」、黒鬼は「愚痴」を表しているそうです。実際には非常にコミカルな動きで見ていて大変おもしろいです。子鬼がカメラを構えると、ピースサインしてくれてとてもかわいいです。解説もユーモラスで「黒鬼が暴れている年は不況なんで、早く退治してもらいましょう」とか「そろそろ時間なんで、鬼さんやられて下さい」などアナウンスがあると見物客からどっと笑いの声がおきます。 |
そしてこの後は年男、年女による豆まきが行われます。豆まきは鬼打豆と言って室町時代になってからこれも中国文化の影響によるものです。他にも、イワシの頭を柊の枝に刺して門に飾る、鬼の面をかぶるなどもその時期に影響を受け、現在の節分の形になったとされています。
興福寺の豆まきは豆袋が3500袋ほど巻かれます。実は福豆にの袋は福引になっていて豪華景品があたります。何年か前はハードディスクレコーダーなんかもあった気がします。豆まきの前にこの事がアナウンスされるとみなさん目の色変わり豆の奪い合いになります。くれぐれも怪我には注意してくださいね。 |
※正確には旧暦の立春と正月は必ずしも重なるとは限りません。
[本ページの写真は興福寺の許可を得て撮影したものです]
- 追儺会開催日
- 節分日 (通常は2月3日ですが、ごくまれに2月2日や2月4日の年があります)
- 追儺会
- PM6:30 法要
PM7:00 追儺会(鬼追い式)
PM7:30 豆まき
- 場所
- 東金堂前特設会場
- 料金
- 追儺会参加は無料
- 備考
- 雨が降ると豆まきは中止され、仮設テントでの手配りになります。
- 駐車場
- 登大路駐車場(南) AM6:00〜PM10:00 (出庫は深夜12時まで可) 駐車料金1回普通車 1,000円
ならまちセンター駐車場 コインパーキング24時間 駐車料金 普通車 100円/20分(上限1日1,000円)
- お問合わせ
- 興福寺 TEL 0742-22-7755
※拝観料や入場料、時間などの情報は変更になっている場合がありますので、お出かけの前に事前に各社寺や観光センターにお問い合わせ下さい。