| 中秋の名月の日には猿沢池にて采女祭(うねめまつり)があります。夕方、JR奈良駅前から猿沢池のほとりに建つ采女神社まで花扇奉納行列が行われこの祭りがスタートします。花扇とは秋の七草で美しく飾られた高さ2mほどの物で、昭和28年に作られ采女祭で用いられるようになりました。このことから別名「花扇祭」とも呼ばれています。牛車に乗せ人がゆっくり引っ張ります。また保存会が募集したお稚児達の行列や、御所車に乗った十二単姿の花扇使、姉妹都市 福島県郡山市から参加してもらっているミスうねめ、ミス奈良などが天平衣装まとい練り歩きます。 |

| JR奈良から采女神社までの1kmを約一時間ほどかけて歩きます。ミスうねめ、ミス奈良の女性は笑顔を振りまいてくれるので、カメラマンがひっきりなしにシャッター押してました。お稚児さんは慣れない衣装で歩きにくいのか笑顔は少ないのですが、かわいいので絵になります。行列は采女神社に到着するとお参りをして解散になり、このあと花扇奉納神事が行われます。 |
| 猿沢池のほとりに建つ采女神社は、なんと入口の鳥居に対し社が後ろ向きに建っています。これは「大和物語」による采女伝説によるものです。采女とは人の名前ではなく職名で天皇の日常の世話をする女官のことをいいます。奈良に伝わる采女伝説はこうです。昔大変美しかった采女は奈良の帝に寵愛を受けていました。ところが、いつしか帝は心変わりをしてしまい、采女は嘆いて、猿沢池に身を投げて自らの命を絶ったそうです。人々は采女の霊を慰めるために、猿沢池のほとりに社を建てたのですが、身を投げた池を見るにしのびず一夜にして後ろ向きになりました。 |
なんとも不思議な伝説ではあります。采女は福島県の安積(あさか)の里(現在郡山)出身でもあったようです。元々大和の地は古墳時代より交流が盛んであったようです。実は福島県郡山市にも采女神社があり、別の采女伝説があります。その内容とはこうです。安積の里には美しい春姫と相思相愛のいいなずけで笛の名手・小糠治郎が暮していました。凶作の危機を救うため春姫が宮廷の采女として仕える事になったのですが、恋人を失った小糠治郎悲しさのあまり山の井の清水に身を投げてしまいます。一方春姫は中秋の名月の宴のどさくさに紛れて脱出計画を試みます。猿沢池の柳に十二単を掛けて入水を装い安積の里へと逃げていきます。ところが戻ってみると治郎のせつない死が待っていた。疲れ果てた春姫はその後、治郎と同じ山の井の清水に身を沈めました。こちらの方がより悲しいですが、しいたげられた地方の人々の思いがこういう話を生みだしているのかもしれません。采女伝説など共通点があることから奈良市と福島県郡山市は姉妹都市です。もちろん郡山市関係者も多数お祭りに出席されていました。
| この奈良の采女祭は采女の霊を祀る祭りで、猿沢池に龍と鳳凰の形をした2そうの船が浮かべられ花扇と共に池を2周回ります。船には稚児や十二単衣の花扇使がのっており、松明の煙が水面をはうように流れるので幻想的です。余談ですがこの船、以前は祭りの時だけ京都保津川下りの船を借りていました。しかし結局、毎年使うものだからという事で現在の船は名工の船大工に作ってもらいました。普段は春日大社に保管されているようです。 この船が池を周回することには、池周辺にはすごい人だかりで、気をつけてないと池に落ちそうです。 |
| クライマックスは船は池の中心に向かい花扇を浮かべます。花扇にはロープがついていて船に引っ張られ岸にたどり着き祭りは終了します。天気が良ければ猿沢池の上には満月がでているはずです。花扇はこのあと采女神社に飾られ、一般に見学することができます。普段、采女神社は閉じているのでお参りできません。えんむすびの神様なのでぜひこのときにお参りをしてください。あと隣の売店では、このときだけ販売している糸占いというのがあります。月明かりの元で紅い糸を針に通すと願が成就するのでぜひ試してください。意外と暗いので難しかったりもします。 |

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