猿石から田んぼのあぜ道をいくとすぐに鬼の雪隠(せっちん)呼ばれる石に到着します。元々は古墳の石室の蓋の部分で、封土がなくなり石がむき出しの状態との事、下の写真が鬼のまな板と呼ばれ石室の底板にあたりちょうど鬼の雪隠をひっくり返してで蓋をするように石室があったようです。小高い丘の下と上にあります。この雪隠とはトイレのことで、昔この近くに住む鬼が、霧を降らせて旅人を迷わせ迷った所を捕らえこのまな板の上で料理し、お腹がいっぱいになった所で、 雪隠で用をたしたという伝説があるようです。このあたりは霧ヶ峯と呼ばれ霧がよく発生したころから、こういう風説が人々の間で語られたのでしょう。
 2つの石は、大化の改新の翌年にあたる646年に作られているようです。残念ながら誰のお墓であったかはわかっていませんが、近年天智天皇の第一皇子で持統天皇の実弟・建王(たけるのみこ)と、建王の祖母・斉明天皇が合葬された可能性が高いと報告されています。
さらに進むと有名な亀石があります。田んぼの真ん中にあるので、そのまま通りすぎてしまいそうになりました。
この亀石は川原寺の境界を表す標石であるという説がありますが、ある伝説も有名です。それは、昔むかし、大和が湖であったころ、湖の対岸の当麻と、ここ川原の間にけんかが起こりました。長いけんかのすえ、湖の水を当麻にとられてしまい、湖に住んでいたたくさんの亀は死んでしまったそうです。何年か後に亀をあわれに思った村人達は、亀の形を石に刻んで供養したそうです。今は亀は南西を向いているが、もし西を向き大麻をにらみつけたとき、大和盆地は泥沼になるという。ちょっと怖いお話ですが、ユーモラスなこの表情は飛鳥では人気者のようです。
近鉄吉野線飛鳥駅下車
鬼の雪隠、まな板へ 徒歩20分
亀石にはさらに  徒歩15分
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